だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
もしある人が、事実そうでないのに、自分が何か偉い者であるように思っているとすれば、その人は自分を欺いているのである。
ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。
主よ、栄光を われらにではなく、われらにではなく、 あなたのいつくしみと、まこととのゆえに、 ただ、み名にのみ帰してください。
たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。
地に住む民はすべて無き者のように思われ、 天の衆群にも、 地に住む民にも、 彼はその意のままに事を行われる。 だれも彼の手をおさえて 「あなたは何をするのか」と言いうる者はない。
見よ、彼らはみな人を惑わす者であって、 そのわざは無きもの、 その鋳た像はむなしき風である。
主のみ前には、もろもろの国民は無きにひとしい。 彼らは主によって、無きもののように、 むなしいもののように思われる。
われらの神、主の恵みを、われらの上にくだし、 われらの手のわざを、われらの上に 栄えさせてください。 われらの手のわざを栄えさせてください。
わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。
植える者と水をそそぐ者とは一つであって、それぞれその働きに応じて報酬を得るであろう。
わたしは愚か者となった。あなたがたが、むりにわたしをそうしてしまったのだ。実際は、あなたがたから推薦されるべきであった。というのは、たといわたしは取るに足りない者だとしても、あの大使徒たちにはなんら劣るところがないからである。